2015년 1월 21일 수요일

新約の啓示録の預言と それ以外にあった事

新約の啓示録の預言と
それ以外にあった事

本文:啓示録全章


旧約聖書のマラキの預言(マラ3:1)の実体はバプテスマのヨハネとイエス様であったし、新約聖書の啓示録の預言の実体は七つの星(使者)と約束の牧者である。

神様はどの時代を問わず、預言で前もって知らせて約束されたことを時になると加減することなく、全て成し遂げられた(旧約成就 ヨハ19:30、新約成就 啓21:6)。聖徒が聖書を見て信じるべきことは預言とその成就である。新約の啓示録の預言を成し遂げた実体があり、それ以外にあった事とはどんな事なのか。

それ以外にあった事は、家柄と暮らしと組織構成の活動的なことである。勿論イエス様もバプテスマのヨハネも親がいたのであり、親戚と系図があった。新約の道を備える七つの星と約束の牧者も親がいたのであり、親族がいたのであり、生い立ちがあった。
新約の道を備える者、七つの星たちは、バプテスマのヨハネのようにしばらくの間、燃えて輝くともしびであった。彼らは神様の御前で動脈を切ってその血で神様と契約をしたのであり、彼ら七人は、山の中で100日間、神様に養育を受けた後、下山した。伝道に出て行けば、一人でも伝道できたら帰れるし、伝道できなかった時は、帰ることができず、市場の路上で野宿したりした。この時の信仰は動脈を切るほどの殉教の精神でしたのであり、命懸けの信仰心を持って働いた。そのようにしてあっという間に全国に80ヶ所余りの支教会が立てられた。
この七つの星を「天使」と称し、彼らの中にはインマヌエルと呼ばれる者もいたし、七つの星の他にモーセ長老と呼ばれる者もいて、彼らだけが暮らす天使村があった。聖徒たちは彼らに絶対的に従順した。彼らの教名は「~教会」ではなく、幕屋聖殿と言い、これは神様の啓示によって名前を付けたのである(啓13:6天、すなわち幕屋)。七人の天使たちだけではなく、聖徒たちもその血で十字架を書いた辞令状を受け取ったので、誰もが血で契約をした人々であった。彼らがイエス様から約束された時間は3年半であった。3年半が過ぎれば戦争が起こって、皆滅亡されるようになり、御言葉に従順した者だけが生き残って救われると、時限付きの信仰で命懸けの努力と信仰をして来た。3年半という時限付きと戦争が起こるという言葉をどのように分析すべきなのか。霊的戦争なのか、肉的戦争なのか。

初臨の時のバプテスマのヨハネの立場である彼らは、しばらくの間、燃えて輝くともしびとして働くようになったのであり、戦争はどのような戦争なのか。イエス様が「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからです」と、言われたことを覚えなければならないだろう。実際に、道を備える者として立てられた彼らの使命は一時的なものであったし(3年半)、戦争も霊的戦争が起こったので、戦争が起こるという言葉も正しい。そして、戦争によって滅亡されるという言葉も正しい。

啓示録13章の天の幕屋に獣の群れが入って来て、聖徒たちと戦って勝利して、聖徒たちの右の手と額に刻印をしたので、これは3年半後の事であり、この事で道を備える幕屋聖殿が敵の所有になってしまったので、戦争によって終わるのであり、この時、ただ御言葉を守った者だけが生き残って、逃れたのである。第二コリント6章14-18節を見なさい。腐敗により滅ぼされた啓示録13章の事件は、道を備える幕屋の終わりであった。しかし、彼らは啓示録の秘密(三つの存在の秘密の中の一つ)である七つの星(啓1:20)が自分たちの事だという事が分からなかった。

初臨の時、バプテスマのヨハネの祭壇が終わったのは、滅亡者たちによって終わったのである。道を備える者の働きが終わってこそ、約束の牧者が出現して働くようになる(マタ4:12-17参考)。イエス様の初臨の時、肉的イスラエルの終末はバプテスマのヨハネの時までであり(マタ11:12-13、ルカ16:16)、新約の霊的イスラエルの終末は道を備える七つの金の燭台の幕屋の七つの星の時までである。
以後、イエス様が約束した牧者を選ばれ、罪を犯した七つの星と七つの金の燭台の幕屋を飲み込んだサタンのニコライ派、すなわち竜の牧者と約束の牧者の間に戦争が起こり、この事の前に、約束の牧者は、七つの星に悔い改めを促がす手紙を送る。この手紙は七つの星がサタンの牧者から偶像の供え物を食べて、ニコライ派の教訓を受けて、サタンと不品行を行った罪に対する悔い改めを促がす内容である。この事を語ったものが、啓示録1、2、3章である。このような事があってこそ、この預言が成し遂げられるのであり、事が起こった時、見て信じるために前もって記録して下さったのである(ヨハ14:29)。

事件の始まりと出現人物を見ると、まずは七つの星であり、次はサタンのニコライ派であり、次が悔い改めなさいという手紙を送った約束の牧者の出現である。七つの星とサタンのニコライ派は互いに異なる存在であり、悔い改めを促がす手紙を送った約束の牧者と彼らもまた互いに異なる存在である。
事件の始まりは七つの星の働きが先になければならない。次はサタンのニコライ派、次は悔い改めなさいという手紙を送った約束の牧者である。この三つの存在が三つの秘密の存在であり、この三つの存在が戦って、その中で勝利を得る者が新しい国を創造するようになり、神様と天国とイエス様は、この新しい国に来られて治められる(啓3:12参考)。これこそが聖書であり、約束であり、この新しい国が神様が預言され、成し遂げられた新しい天国である。

神様とイエス様が信じなさいと言われた御言葉もまさにこれであり、信仰人が聖書を見て待っていた望みもまさにこれである。このような約束も預言も成就も希望もなければ、何故教会に行き、何を望んで祈りをするのか。神様が約束された御心が成し遂げられた時、私たちが願って待っていた望みも成し遂げられるのである。それゆえ、聖徒は神様の約束を正しく知って、その御心通りにするのが信仰と望みを成し遂げる事である。
神様が新約に約束された国が来ても悟れない人は、聖書もその御心も知らないので、無知な人であり、信じるという言葉自体が偽りであり、天地の分別もできない者である。神様の約束を正しく知って信じて望みに至る者になろう。

神様の聖書の6千年の働きの中にあった時代を見ると、一つの時代が過ぎ去り、また一つの時代が来た。すなわち、アダムの時代が過ぎ去り、ノアの時代が来たのであり、ノアの時代が過ぎ去り、肉的イスラエルの時代が来たのであり、肉的イスラエルの時代が過ぎ去り、約束した霊的新しいイスラエルの時代を迎えたのである。そうして千年の都が開かれて、涙も苦痛も死もない天国の時代が到来したので、送旧迎新好時節であり、万物が待ちに待った新天運勢[萬物苦待新天運]である。不老不死人永春なので、太古以後初樂道の時代である。

真の神様の子どもになって、別れることのなく、永遠に天国で生きるようになる。アーメン。


 ※参考
送旧迎新好時節:旧年を送り、新年を迎える良い時節
萬物苦待新天運:全ての万物が嘆き悲しみながら待ちに待った新しい
天の時代の運が来た。
不老不死人永春:人が老いず、死なず、永遠に続く春
太古以後初楽道:この世が始まって以来、初めてあるようになった歓び道(教え)

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