2015년 10월 15일 목요일

真理と自由と勝利

真理と自由と勝利

本文:ヨハ8:32



 真理と自由と勝利は、何を言っているのか。

 初臨のイエス様は、自分を信じたユダヤ人たちに「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします(ヨハ8:31-32)。」と言われ、ヨハネの福音書17:16-17には、「わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。」と言われた。すなわち、真理によって自由を得、真理によって勝利するようになり、真理によって聖くなると言われ、この真理は、父の御言葉だと言われた。



 「御言葉」について聖書で見たように、神様の御言葉は、すなわち、神様であられ、天地の創造も御言葉によってされ、この御言葉によって創造されなかったものは一つもないと言われ、この御言葉がいのちであり、光だと言われた(ヨハ1:1-4)。また、神様の御言葉は、神様の良い種であり、この種でできた木がいのちの木であり、この御言葉によって新しく生まれるようになり、この御言葉がいのちの木で、毎月、実を結ぶ12種の実だと言われた(ルカ8:11、マタ13:31-32、37、ヨハ14:6、15:1、ヨハ3:5、啓22:1-2参考)。



 神様のいのちの御言葉、すなわち、真理で私に勝利して、世に勝利して、悪魔に勝利すると言われたので(マタ4:10-11、ヨハ16:33、エペ6:10-17、啓15:2-4参考)、神様の御言葉は、信仰人に希望と天国を与える天国の道である。

 啓示録2,3章には、勝利を得る者に与える約束(祝福)が記録されている。この約束を受ける者がいなければ、その誰も救われる者がいない。この約束を受けるためには、サタン(ニコライ派:七つの頭と十本の角を持った獣:竜)と戦って勝利しなければならない。何によって勝利することができるのか。イエス様の血とあかしする御言葉によって勝利を得たと、啓12章に記録されている。この御言葉が真理であり、真理によって勝利を得るのである。

 御言葉がイエス様(Ⅰヨハ1:1)であられ、この御言葉がイエス様の血と肉であり(ヨハ6章)、神様(ヨハ1:1)であられる。啓示録10章の啓示された本、すなわち、御言葉を受けて食べた人がイエス様のように、神様のように真理の御言葉である。この真理の御言葉であかしをして、サタン、ニコライ派と戦って勝利するのである。啓示録15章には、「獣と、その像と、その名を示す数字とに打ち勝った人々がガラスの海のほとりに立って、歌を歌う。」と記録されている。

 イエス様が世に勝利したのは、剣ではなく、真理で世に勝利したのである。真理の御言葉が私のうちにとどまるならば、私に勝利して、世に勝利して、悪魔に勝利するので、神様の国を、この地に創造することができる。



 今は、朝の3時50分、ルーマニアでこの文を書いている。

 2千年前、主がユダヤ人たちに言われた御言葉を考えながら、今日、現れた竜の七つの頭と十本の角を持った獣と真理で戦って、啓示録12章と15章の御言葉のように、真理で勝利したが、世は未だに暗やみの中にあって、世は未だに私たちを知ってくれる人が少ない。人々が真理よりも悪魔の非真理と一つになっていて、神様が下さったものよりも人が与えた権威と教権を認めている。これは、今日まで悪魔が世を統治してきたからである(マタ4:8-9、ルカ4:5-6、エペ2:2参考)。イエス様を信じると言うが、これは言葉だけであり、真理よりも権威をより良いものと考えて、権威者たちの非真理をさらに認めるので、神様の真理が、その心霊の中に入る所がない。

 しかし、私たちは、神様の御心に従って収穫して、印を押して、約束の国12支派を立てた。そして、父なる神様に仕えるために、宗教大統合・平和会議を開催しようと走って、また走っている。

 

 「父なる神様、助けてください。悪魔たちは私たちがする働きを妨害しています。御使いたちを動員して、各所ごとに遣わして、助けてください。

 12支派を創造したので、平和会議を父の名前で開くでしょう。感動させてください。勝利で成就するようにしてください。真理は、天国の道であり、法であり、聖徒たちが行くべき、守るべきいのちであると思います。主のその大いなる力が臨むようにしてください。私の切なる思いをもって主に求めます。

 地球村の多くの人々に父の約束された預言と平和を知らせてくださり、みんな悟って、信じて、天国の父に出てくるようにしてください。真理が私たちの食物であり、宝です。この世の地球村の全てとも変えることができません。これは私たちのいのちだからです。」



 私は、天の光として生まれた。私が生まれる前に、私の名前を「光[熙]」と、祖父が前もって付けておかれた。天の光が私の母に臨んで身ごもった事を祖父が見たからである。

 しかし、私はとても貧しくて、苦労に苦労を重ねて生きてきた。いつも天の星(昼に浮かんだ)を見てきて、成長した後日、夕方3日間、夜、天から大きな星が私の上に降りてきて、その星の導きで天人に出会った。

 その後、神様に忠誠の血書を書いて、星の導きで自ら信仰の道に出ていって、天上の声(指示)に従って果川所在の清渓山の幕屋聖殿に行って、3年間、奉仕をして忠誠を尽くした。

この後、幕屋聖殿の不正事件で故郷に下ってきて、セマウル(新しい村づくり)運動に7年間、奉仕した。ある日、よその地に行って故郷の村に来る中で、私の前の展望、光景が果川(幕屋聖殿)に変わりながら、北東から主が来られるのを見て、「神様であられる。」という考えだけでひれ伏して、その方が私に来られて、起こして按手された。その時、その方が導いた所が私が奉仕して出て来た果川の幕屋聖殿であった。

 私は、信仰を始める時にも、私の全てのものを全部捨てて、信仰の道を選び、また全てのものを全部捨てて旅立ってきたので、苦労も並大抵ではなかった。私はいつも迫害されたイエス様を考えた。ここ(幕屋聖殿)で主が指示される働き、すなわち、手紙を七人の天使の牧者に送って、いのちをかけて主が見せてくださった幕屋聖殿の背教の事件をあかしした。

 

 私は、私に与えられた働きに、私が忠誠したこと、世の綱を断ち切ったことなど、私が信仰生活を最高に良くしていると思っていた。そうだったある日、天から来た開かれた本を受けて食べた。この後、初めて聖書を創世記から始まって啓示録まで全て読んで見た。この時から感じること、悟ることが違って、聖書の意味について、すぐ、神様の目的と、私たちの希望と、私が知るべきことと、働くことなどがわかるようになった。

 これ以前に私が知ったこと、私が忠誠したこと、私の全てのこと、世のことをみんな捨てた信仰と努力などは、何でもなかった。この時から神様とイエス様と約束の御言葉が、なぜ、重要なのかを確実に知って、啓示と成就が重要なことも知って、私がする働きも知った。6千年の神様の働きは、啓示録一つを成し遂げるためのものだという事実も知るようになった。そして、信仰人たちの信仰の分量を知るようになった。今日の信仰世界が腐敗したことも知るようになった。啓示録が成し遂げられなければ、人類世界は、永遠に救いがないということもわかった。啓示録2,3章の約束が成し遂げられなければ、信仰世界のその誰にも救いがなく、神様の約束の御心も成し遂げられない。



 分別のない信仰世界の人々は、自分が天国に行くと思っている。しかし、その信仰では、天国に行かれない。天国に入る資格ができない。

 私は、イエスが語られたその真理が何なのか、知った。真理で聖くなり、真理で新しい被造物に創造され、真理で私と世と悪魔に勝利することができ、真理で新しく生まれて、神様の子どもになり、一つの家族になって、天国で共に住むことができるということを知り、サタンの世界から命に出てくることができる力と勝利があることを知った。これが真理であった。アーメン。


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